日本の床はヨーロッパの家具と等価 | フローリング総合研究所
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2021.09.15

日本の床はヨーロッパの家具と等価

建築家、プロダクトデザイナー
黒川雅之

1937年名古屋市生まれ。61年名古屋工業大学建築学科卒業、67年早稲田大学大学院理工学研究科建築工学博士課程修了、同年、黒川雅之建築設計事務所/株式会社K&K(2012年改称)設立。株式会社デザイントープ代表取締役 物学研究会代表。2010年に金沢美術工芸大学にて芸術博士取得。プロダクト・インテリア・建築にとどまらず文筆家としても活躍中。
近著
国内|2021年 「八つの日本の美意識(改定版)」(デザイントープ) Kindle版、2018年 「椅子と身体 椅子とは何か?」(デザイントープ)、2017年 「野生の衝動」(デザイントープ)、2017年 「DESIGN PARADOX / デザインの逆説」(デザイントープ)
海外|2018年 「野生的冲动(簡体字版)」(北京联合出版公司)、2018年 「设计与死(簡体字版)」(中信出版集团)、2018年 「DESIGN PARADOX / 设计的悖论」(中国青年出版社)

土間と床、家具の歴史

私が育ったのは日本の伝統的な民家でしたが、一生懸命掃除して、乾拭きをしたり水拭きをしたりして大切にしていました。よく、「日本の家はどうしてそんなに繊細なの?」と聞かれますが、答えは「巨大な家具のようなものだから」です。日本家屋は、ヨーロッパで言う建築(=アーキテクチャー)とは全く異なるのです。

住まいの成り立ちを考えると、最初の家屋は土の上に屋根を架けただけのものでした。雨や風をしのぎ、ちょっとした落ち着いた空間をつくるだけで、特別な役割を持つ空間ではありませんでした。やがて、ヨーロッパでは、土間に寝るための敷物としてベッドや椅子が作られ、「家具」として発展していきました。一方日本では、その土間に敷かれた敷物は家具にはならず、履物を脱いで上がる「床」になっていったのです。最初はすべて土間だったところに床を発明し、それをどんどん拡大して間仕切りをつくり、布団やお膳などの小道具を発明して、床の文化の体系を作り上げました。そうして、日本の建築は出来ていきました。

つまり、ヨーロッパの家は屋内を土に近い床にして、家具を「ちょっと落ち着くところ」としたのに対して、日本では床を貼ることで「ちょっと落ち着くところ」をつくりあげました。そう考えると、日本の家は人が中に入ることが出来る家具、言わば巨大な天蓋付きベッドのようなものです。床は、建築の床ではなく、巨大な家具の一部と言えます。皮膚に直接触れる場所だからこそ、とても繊細に出来ているのです。

日本の床と似た文化が、東南アジアにもあります。島国のように、海に囲まれた海洋型の文化地域では、海からの湿潤な空気によって湿度が上がるので、風通しを良くするために、床を地面から高くすることがあります。ただ、同じアジアでも中国では床は土の地面のことを言い、世界の中でも日本の床は特別な存在だと言えるでしょう。

人と床の関係性

日本人は、普段の生活で床の上に座ります。椅子の文化は近代になってから日本に入ってきたもので、長い間日本人は、畳もしくは板床の上に座布団を敷いて、その上に胡坐をかいたり正座をしたりして過ごしてきました。床の上に直接座るということは、例えば眠くなったらそのまま横になって寝ることができます。ヨーロッパでは、椅子に座っていて眠くなっても、一度立ち上がってベッドまでいかないと寝られませんよね。日本では椅子と床が一体になっていて、床自体が椅子の役割を兼ねながら、そこでの様々な生活に関わっているのです。

人と人の関係、人とモノの関係には、適度な「間」があることが大切です。「間」というのは「遊び」のことで、服を例に取ると、身体にピタッと合わせるヨーロッパの洋服に対し、日本の着物は中に空気が通るように遊びがあります。履物も同じで、ヨーロッパの靴はピタッとしていて遊びがないですが、日本の下駄や草履は足と遊んでいます。また、誰でも簡単に着られる洋服に対し、着物は着付けを勉強しないといけません。着物は、着方を学んで上手に着こなすことが大切で、そこに、人やモノそのものではなく、人とモノの「関係性」を大切にする文化があります。

床も、人との関係性を大切にして存在しています。椅子のように座り方が決まっているわけではなく、直接座ったり、寝転んで過ごしたりという様々な遊びが、人と床の間には存在しているのです。

日本では、人と建築、人と床、人と道具など、あらゆる関係性において美しい関係を保つ、美意識の概念が重要です。遊びと美は非常に近いところにあります。新型コロナウイルスの流行により生活様式が大きく変わりましたが、これからは「生活を遊ぶ」ということにも、皆さんに気付いてほしいです。そこに、床も関わっていけるといいんじゃないかと思います。

加藤邸
「加藤邸」 伝統的技法を教える職人学校の生徒と建て主が自発的につくりあげた家。雪国でもあるため、玄関は土間が重視されている。日本的な仮購を持っていて屋根裏部屋もつくることができる構成で、床も増設できる仕掛けがある。

黒川雅之さんの“床の記憶”

たまに畳に布団を敷いて寝る機会があるんですが、その時に懐かしく思うのが、暑くなって布団から足を出した時の、畳の冷たい感覚です。ベッドじゃ味わえない、とても心地よい感覚です。日本で床というのは、顔のすぐそばで見るものです。ごろんと寝転がればすぐそこに畳やフローリングがあるので、清潔にするもの、掃除をするものなんだと思います。

また子ども時代、まだ自分の部屋がなかった頃、母屋や離れがある民家の中で、座卓を置いてそこへ座り込んだり、買ってもらった椅子や机で勉強をしていました。例えば、書斎などに机を置くとその位置は変わらないですが、8畳、6畳、10畳が繋がって、板床や縁側もある日本家屋の中では、それらの家具の位置は固定されないんです。だから私は、今日は北の窓からの風が気持ちいいと聞くとそこへ座卓を持っていき、今度はお茶室が気持ちいいと聞くと、そこに座卓を移動させていました。床は、建築に合わせたものではなく、とても自由な場でした。子ども時代の生活の中で、とても深い思い出になっています。

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